
東京都現代美術館でファッションの展示およびレベッカ・ホルン展を拝見。
ラグジュアリー・ファッションの欲望?でしたっけ。思ったほど点数が少なく、コンセプトが際立った展示ではないのですが、服をまじまじと鑑賞するのは(勉強している身でなくても)楽しめるものです。触れないのが残念だけどね。
宮廷衣装(生地が色褪せても、刺繍のよさが際立ってます)から、20年代のポワレやシャネル(今着ても全然古く見えないデザイン)あたり、最近のバレンシアガやらV&Rもありました。
ギャルソンとマルジェラも(製作時間に注目すべし)。
アイデアと構成力に加え、技術がないと服って作れないんだよねえ・・・
と、授業でのパターンやら縫製の手が回らない苦しみを思い出しつつも、心地よい刺激をもらう。
ファッションなんて、今はお金がまわらなくてラグジュアリーなんて言ってる場合じゃないですが。
これだけ美しくて自由な作品で世の中は溢れかえっているのに、ファッションはアートと同じだけどアートではない、ということがひとつの前提としてある、と考えてます。
経済活動と虚栄心でもって、実質的に、即物的に価値をもつということだけでなく、ファッションのデザイナーのもつ神経で必要なのは、作った作品あるいは商品を包括的な他者や世界に向けるのではなくて目の前の一個人の他者を意識し、愛せねばならないことだと思います。
レベッカ・ホルンですが。
一押しです。
角をかぶったパフォーマンスの女性ということしか知らなかったんですが、作品は機械仕掛けのインスタレーションを中心に、映像も(パフォーマンスだけでなくドキュメンタリーや映画らしき作品も)豊富で、もう一度見に行かねば、という感じ。
かあっこいいんですよ。なんとも気持ちいい展示。
羽根や角というモチーフも含め、作家性はずっと一貫してる感じですが、メディアを自身の肉体から機械インスタ、映像までどんどん拡張できるのは、やはり彼女自身のポエジーの強度だと思っちゃいますが、それってやはり女性ならではの魅力と捉えるのか。。。
まあそんなことはどうでも良く、シンプルにゆっくり無駄なく動いて行くインスタには、私には珍しく、共感や熱狂とは異なる心地よさと自由さを感じています。
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